ブログ体験から感じるSNSの違和感

今までいろんなブログを経験してきた。
SNSもやったけど、どうしてもツイッターはうまく行かなくて止めた。
FBはプライバシーがやばいみたいだし、最近広告まみれで他の人の記事を見分けるのも難しい。
時々独り言を言うくらい。
アマゾンは音楽を聴いても勝手に順番変えられたり、なにかにつけて有料プランを押し付けられるし、サービスの質が上がったわけでもないのに金ばかり要求するなっていう感じ。
それに、何を聴いたかって全部記録に残るんでしょう?
だったら同じ曲しか聞かないし、手持ちにあるCDを繰り返し聴いたほうがいいんじゃね?
と思うのであった。

noteはなんだか右翼臭いし、左翼的な自分にはあまり居心地が良くない。
はてなもそうかもしれないからそれがわかったらすぐアカウント消すつもりだ。
小説も書いているが、そこには数式やコードが書けないから新しく投稿先を探していたのだ。
昨夜はクーラーがききすぎてよく眠れなかった。
自動にするのを忘れたからだろうか。
そしてショックなこと。
この一週間で体重が5キロ戻ってしまった。
やはり食生活の乱れはすぐ反映される。
でも今日は野菜もこんにゃくも豆腐もバッチリ確保したから、後は食べすぎないように気をつけてダイエットに邁進しよう。

さてここで何故エンジニアには右翼が多いのだろうと不思議に思ったことがある。
そういえばゲイのエンジニアというのもきいたことがない。
理系の人間はなにか真っ直ぐでなければいけないという強迫観念のようなものがあり、自分もそうだった。
ところがいつの間にか自分は例外で、人間には論理やルールだけでは割り切れない存在なのだということも知った。
そして私は1つの矛盾である。
まともであると認められたいがために、性転換をしなければならないと考えてみたり、それはもう色々と悩んだものだ。
今はもう人生も折り返し地点を過ぎ、これから一人でどうやって生きていくかが最大の関心である。
性転換なんかしなくてもいいのだとわかって初めて自分を受け入れられた。
今まで5回位プログラマーとして首になったので、それでも暗号なんかやったりするので単なるマニアではあるのだが。
そしてその真っ直ぐがいいという思いが、なにか大きな権力、大きなものには巻かれておこうとか、先生の言うことには絶対服従というような強迫観念がもたらすものとして右翼的な志向が出来上がるのかもしれない。
そしてそれが左翼的なものに対する嫌悪につながっているのだ。

さて、ここまで書いていて、はてなブログは重い。
キーがついてこない。
書きにくいので別のサイトを探すことにしよう。
やはり長文を書いていてもたつくのはイラッとするのだ。